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東京地方裁判所 昭和38年(ワ)5858号 判決

原告 久保ヌイ子

被告 国

訴訟代理人 高桑昭 外三名

主文

一、別紙物件目録一記載の土地と小金井市貫井北町五丁目六七八番の一所在畑(現況道路敷)二反九畝二歩との境界は、別紙図面(一)の(ハ)点と(ニ)点を結ぶ直線であることを確定する。

二、被告は、原告が別紙物件目録一記載の土地より小金井市貫井北町五丁目六七八番の一所在畑(現況道路敷)二反九畝二歩の土地に出入し、且つ同目録二記載の土地を徒歩又は自動車で通行すること、を妨げてはならない。

三、原告のその余の請求を棄却する。

四、訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の、その余を被告の各負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「一別紙物件目録一記載の土地と小金井市貫井北町五丁目六七八番の一所在畑(現況道路敷)二反九畝二歩との境界は、別紙図面(一)の(イ)点と(ロ)点を結ぶ直線であることを確定する。二、別紙図面(一)の(イ)(ロ)(ハ)(ニ)(イ)の各点を順次結ぶ直線で囲まれた都分の土地が、原告の所有に属することを確認する。三、被告は、別紙図面(一)の青線部分に存する長さ六間、高さ三尺三寸、巾三寸三分のブロツク塀を収去せよ。四、被告は別紙図面(一)の(イ)点と(ロ)点を結ぶ直線の前面に、別紙物件目録一記載の土地から同二記載の土地への出入を妨害するものを設置してはならない。五、被告は原告が別紙物件目録二記載の土地を通行(自動車による通行も含む)することを妨げてはならない。六、訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を決めた。

原告訴訟代理人は、請求原因として、

一、原告は別紙物件目録一記載の土地(以下本件土地という)を所有し、右地上に存するアパート一棟およびその付属車庫の敷地としてこれを使用し、被告は別紙物件目録二記載の土地(以下本件道路という)を所有し、都道八三号線より東京学芸大学の構内に至る通路として、これを使用している。

二、本件土地と本件道路中これに隣接する小金井市貫井北町五丁目六七八番の一畑(現況道路敷)二反九畝二歩との境界について、被告はこれを別紙図面(一)の(ハ)(ニ)の各点を結ぶ直線上にあるとして、後記のように同線上の一部にコンクリートブロツク塀を設置したが、右境界は右線上ではなく、同図面の(イ)(ロ)の二点を結ぶ直線上に在る。すなわち、

(1)  本件道路は、昭和一五年ころ、被告(旧陸軍省)が付近の地主から一二間巾の土地を買収して開設したものであるが、別紙図面(二)の(タ)点と(レ)点には、右道路と、これが西南端においてT字形に接する都道八三号と、これに隣接する私有地の三者の境界点を示す都の境界石が埋設されている。右の(タ)(レ)の両点の間隔は二一米八四で、これを基準として本件道路の巾員を計れば約十二間(二一米八一六)となるから、この点からしても右の都境界石が本件道路の両端を示すことは明かであり、右の(タ)点と被告のいう(C)点との間隔は六〇糎である。別紙図面(二)の(ソ)点には、五〇年来原形を変えていない茶の木が一本現存している。陸軍省は、本件道路の開設に当り、右道路とその両側の隣地(その西側隣接地は、本件土地を含めて、当時訴外鈴木将一所有の茶畑であつた)との境界線に沿つた道路内に、巾四〇センチ、底巾三〇センチ、深さ三〇センチの素堀りの側溝を堀つたから、道路内に茶の木が一本だけ取り残されるはずはない。したがつて右茶の木は、鈴木所有の茶畑内でその東南端の本件道路に接する位置にあると考えられ、右茶の木の西南側すなわち別紙図面(二)の(ソ)点が、本件道路と右茶畑との境界点である。

よつて、本件土地と本件道路の境界は、右(タ)点と(ソ)点を結ぶ直線を北東に延長した線である別紙図面(一)の(イ)点と(ロ)点を結ぶ直線すなわち被告主張の(ハ)(ニ)の線より西南に六〇糎の間隔をあいてこれを平行する直線でなければならない。

(2)  原告所有の三筆の土地の面積の合計は、公簿上一七三坪六合四勺であるが、実測は合計一七九坪七合九勺四才である。かりに、被告主張の別紙図面(一)の(ハ)点と(ニ)点を結ぶ直線を境界と仮定する実測の合計は一七五坪四合三勺三才となり、四坪三合六勺一才の不足をきたすことになるから被告主張の右の線を境界と考えることはできない。(ハ)と(ニ)の各点には十字を刻んだコンクリート境界石が埋設されているが、右境界石は、原告がもと本件土地の所有者であつた鈴木将一からこれを買受けた際に、鈴木より売買の委任をうけた不動産業者の佐伯喜作が誤つて入れたもので、真実の境界を示すものではない。右売買代金は便宜上登記簿上の坪数によつて定められたが、実際に買受けた土地の範囲は前記のとおりである。

三、以上の事実によれば、別紙図面(一)の(イ)(ロ)(ニ)(ハ)(イ)の各点を順次結んだ直線で囲まれた土地部分(以上本件土地部分という)が、原告の所有に属することは明らかである。

しかるに、被告は右土地部分を、自己の所有であるとして、別紙図面(一)の(ハ)(ニ)の線上の一部の同図面青線部分に、長さ六間、高さ三尺三寸、巾三寸三分のブロツク塀を建設し、原告の土地所有権を妨害している。

四、よつて、原告は本件土地と本件道路の境界につき原告の前記主張のとおりその確定を求めるとともに、本件土地部分が原告の所有に属することの確認を求め、また土地所有権に基き右ブロツク塀の収去を求める。

五、原告は、本件道路を通行する権利がある。すなわち、

(1)  本件道路は、国の私道であるが、その中に、二本の公道(その一つは、ほぼ中央の六七〇番の一の山林と六七七番の一の畑との間を北西より東南へかけて走る巾員約三メートルの小金井市道、その二は、南の部分六八〇番の一の畑と六九五番の一の畑との間にある巾員約二メートル、長さ約六六メートルの公道)を包含しているし、昭和一五年以来二〇年以上も、不特定多数の一般人の交通の用に供されてきたものであり、被告の公共的性格からしても、本質的には道路法の適用を受ける道路と異らないから、何人といえども公法上の通行権を有する。したがつて被告は本件道路に通行を妨害する物を設置したり、原告の通行を妨害したりすることは許されない。

(2)  かりに然らずとするも、本件土地はいずれも周囲を他の土地に囲繞された袋地であり(すなわち、その北側隣地は六七七番の七の吉川稔所有の宅地、西側隣地は六七六番の一、二村越武彦所有の畑、南側隣地は六七八番の五鈴木将一所有の畑、東側隣地たる六七八番の一が、本件道路の一部であるー別紙図面(三)参照)、右土地の所有者である原告が公路へ出るためには、本件道路を通行することが必要で、しかも、本件道路は中央に巾一〇米余のコンクリート敷車道、その両側に巾五米余の歩道を設けた立派な道路で本件土地のその余の三方は宅地と畑で、これら四周の囲繞地の利用状況からすれば、本件道路を通行することが、囲繞地のためもつとも損害が少いのである。よつて、原告は本件道路につき民法第二一〇条による通行権を有する。

六、しかるに、被告は、昭和三八年三月ごろ、別紙図面(一)の青線部分に前記ブロツク塀を設置したのみならず、これを延長して、原告所有のアパートの階下倉庫への出入口巾一間と、車庫出入口巾二間半の二箇所を、ブロツク塀で閉鎖しようとした。原告はとりあえず、土地通行妨害物設置禁止の仮処分を得て、これを防止しているが、このまま放置すれば、被告がふたたびかかる挙に出るおそれがある。よつて原告は被告に対し、別紙図面(一)の(イ)点と(ロ)点を結ぶ直線の前面に、通行妨害物を設置することの禁止および原告の本件道路の通行を妨害することの禁止を求める。

七、かりに、本件土地部分が、被告の所有であり、また原告が本件道路を当然には通行する権利を有しないとしても、被告が前記ブロツク塀を設置し又はその他の方法で、原告の本件道路の通行を妨害するのは、被告には何らの必要もなく、また何らの利益をもたらさず、原告の通行を妨害することのみを目的とする土地所有権の行使であるから、権利の濫用として、許されないものである。よつて原告は、右の理由からも前記ブロツク塀の収去および通行妨害物の設置禁止及び通行妨害禁止の裁判を求める。

と述べ、被告の主張事実中、原告が本件土地を取得した日時、経緯および右取得以前土地が被告主張のように公路に接する同一所有者の他の土地(六九五番の二および同番の三)に順次接続していたことは認めるが、その余はすべて争う。

と述べた。

被告指定代理人は、請求原因に対する答弁として、

一、請求原因第一項の事実は認める。

二、同第二項の事実について。

(1)  被告が昭和一五年頃本件道路敷を買収し、巾約一二間の道路を開設したこと及び原告主張の箇所に、都境界石二箇が埋設されていることは認めるが、右境界石は都道(八三号線)の側端すなわちこれと隣接地との境界を示すにすぎず、隣接地相互間の境界とは何らの関係もなく設置されているものである。これと同様の境界石は、都道の両側にこれ以外の個所

にも多数存在している。又右道路は巾約一二間として開設したが、道路敷を買収するについては、その所有者と、現地においてその部分を確定したので、実際は全般に互つて一二間よりやや広いのである。したがつてこの境界石は、もとより本件道路の巾員を示すものではないし、また本件道路とその隣接地との境界を示すものでもない。

(2)  原告主張の位置に、茶の木が一本現存していることは認めるが、右は陸軍省が、本件道路の敷地を買収した後、たまたま一本だけ右道路の敷地内に残つてしまつたものである。そして右の茶の木の、道路から見て外側には旧陸軍の設置した素堀の側溝があるのであるから、右茶の木は、はじめから本件道路敷内に在つたのである。

(3)  原告が、本件土地を買受けるのにあたり、現地についてその範囲を定め、その実測面積が原告主張のとおりであることは否認する。のみならず、境界が争になつている場合に右のような実測面積をもち出すのは何らの意味もない。

三、請求原因第三項中、原告主張の箇所に、被告が原告主張の形状大きさのブロツク塀を設置したことは認めるが、その余は争う。

四、同第五項について。

(1)  その(1) のうち本件道路が、その中に原告主張の公道を包含していることは認めるが、その余は否認する。本件道路は、国の私道であり、被告は本来の利用目的に反しない限度で、付近の数人の人々の徒歩による通行を黙認しているにすぎず、このことからすべての人が、しかも右の公道以外の部分についてまで道路法の適用ある道路と全く同様の公法上の通行権を取得するいわれはない。

(2)  本件土地が、いずれも原告主張のような袋地であることは認めるが、原告が本件道路につき、袋地通行権を有するとの主張は争う。

五、請求原因第六項の事実中、被告が原告主張のころ、原告主張のブロツク塀を延長して、原告所有のアパートに付属する車庫への出入口をふさごうとし、原告主張の仮処分によつてこれを中止したことは認めるが、その余は否認する。

六、同第七項の主張は争う。原告は、本件道路が東京学芸大学の専用道路であることを知悉しながら、本件土地上にアパートを建築し、同大学の職員より、原告が本件道路をその出入のため使用することは承認できない旨申入れたのに、これを無視して建築を完成したものであり、その後原告および右アパートの居住者の徒歩や自動車による本件道路の使用により、大学の静穏な空気が破られ、また右アパート前の植込みが枯死したり、車庫前の道路の緑石がこわされたりした。よつて、被告は、本件道路のかかる不当使用を阻止するため、ブロツク塀を設置し、これを延長しようとしたにすぎないのである。

と述べ、被告の主張として、

一、本件土地と本件道路との境界は別紙図面(一)の(ハ)点と(ニ)点を結ぶ直線である。

(1)  昭和一五年二月ごろ、被告(陸軍省)は、当事の地主である訴外鈴木将一および同平井武茂から本件道路の敷地として約一二間巾の土地を買収したが、その際右鈴木、平井の両名が立会い、現地で土地を実測のうえ、買収地の境界線を具体的に確定し、右線上に仮杭をもつて区画された土地につき、被告と両名間に売買がなされ、この部分につき分筆のうえ、所有権移転登記手続を経た。

(2)  間もなく、被告は、右仮杭を撤去して、そのあとに新たに片側三本づつ合計六本の境界石(陸軍省の境界石)を、別紙図面(二)の(A)(B)(C)(D)(E)(F)の各点に埋設し、その各境界石の中心を結ぶ直線が本件道路と隣接私有地との境界線になるようにした。別紙図面(一)の(ハ)(ニ)の各点いずれも右の(A)(B)を結ぶ線上に在る。

(3)  その後、本件道路は、陸軍省から文部省に所管替えとなり、東京学芸大学の構内へ至る通路として使用されるに至り、昭和三二年四月ごろ、東京学芸大学の職員が、訴外鈴木の立会いのうえ、右陸軍省の境界石を撤去して、その位置に新たに文部省の境界石を設置し、右各境界石は、すべて現存している。

(4)  昭和三六年一一月一三日、被告は、本件道路と隣接地との境界を明らかにするため、隣地所有者たる訴外鈴木や同岸野駒吉、同桜井一三の承諾を得て、前記文部省の境界石を結ぶ線に有刺鉄線を張つた。

(5)  よつて、本件道路と隣接地の境界は、別紙図面(二)の(A)(B)(C)(D)(E)(F)の各点を順次結んだ直線であるから、本件道路と本件土地の境界は、右(A)(B)(C)の各点を順次結んだ直線と一致する別紙図面(一)の(ハ)(オ)(ヘ)(ニ)の各点を順次結んだ直線である。

二、かりに、本件土地と本件道路の境界が、原告主張の線であるとしても、被告は昭和一五年に本件道路を開設以来、本件土地部分を含めて、本件道路全体を、所有の意思をもつて継続的に占有してきたものであるから、おそくとも、昭和三五年末には、右土地部分の所有権を時効によつて取得している、よつて、被告は、右時効の効果を援用する。

三、本件土地は袋地ではあるが、原告が右土地を取得するに至つた経緯を考慮すれば、原告は本件道路の通行権を有しないというべきである。すなわち原告は、昭和三二年九月一一日本件土地のうち六七八番の二および六七八番の六の二筆を、同三七年九月二二日に同じく六七八番の七を、いずれも所有者鈴木将一から買受けたものであるところ、原告の右買受の以前は、右各土地は、同人所有の現在の六七八番の五の土地と一筆で、右土地は袋地ではあつたが、さらにその南側において、同人所有の六九五番の二および同番の三の各土地に順次接しており、同番の三の南端は、都道八三号線に接続している。したがつて本件土地は、原告の右買受によりはじめて公道に接する同一所有者の他の土地に接続しない、完全な袋地となつたのである。このような場合、原告は民法第二一三条の趣旨により、右鈴木の所有地のみを通行しうべく、他の土地に対する通行権を有しないと解すべきである。

四、かりに、原告に本件道路を通行すべき権利ありとしても、原告は被告の損害を最少限度に留めるような方法を選ぶ義務がある。本件道路は、大学構内の一部として静粛な雰囲気と安全を保持すべき場所であるから、学外の者が徒歩で通行するのはさしつかえないとしても、自動車で通行することまでは許されない。

と述べた。

〈以下省略〉

理由

一、請求原因第一項の事実は、当事者間に争いがない。

二、本件土地と本件道路の境界について。

原告は右境界は別紙図面(一)の(イ)(ロ)の線であると主張し、被告はこれを同図面(ハ)(ニ)の線であると主張するので、案ずるに、(一)原告主張の別紙図面(二)の(タ)(レ)の個所に東京都の設置した、境界石が埋設されていることは当事者間に争がない。しかし、成立に争のない乙第四号証の一、二、三及び検証の結果によると、この都の境界石は都道八三号線とその隣接地との境界を示すものとして東京都により設置されたもので、右都道の巾員の側端を示すにすぎず、隣接地相互の境界を示すものではないことが認められるので、右の都の境界石を根拠として本件の境界を論ずることはできない。(二)または原告主張の別紙図面(二)の(ソ)点に茶の立木一本が存在すること、そして右の(ソ)点が被告主張の別紙図面(二)の(A)(B)(C)の線より本件道路から見て内側にあることは当事者間に争がない。しかし、成立に争いない乙第六号証、第一〇、第二号証、証人藤内好雄、同森谷内明、同佐藤高、同鈴木将一、同桜井一三および同久保三九郎の各証言ならびに検証の結果を総合すると、つぎの事実すなわち、

(1)  本件道路は、昭和一五年二月ころ、被告(陸軍省)が、現在都道八三号線と称する道路より陸軍技術研究所(現在東京学芸大学)へ至る通路(通称行幸道路)として、約一二間巾の土地を、訴外鈴木将一、同岸野駒吉らから買収し、そのころ、いずれもこれを分筆のうえ、所有権移転登記手続を経たものであること。

(2)  右買収にあたつては、地主たる右鈴木ら立会いのうえ、双方買収土地の範囲を現地で確認したのち、係官が、買収土地と隣接地との境界に仮杭を打ち込んだこと。

(3)  陸軍省では、その後右仮杭によつて区画された境界線上である別紙図面(二)の(A)(B)(C)、(D)(E)(F)の六点に、陸軍省のコンクリート境界石を埋設したこと。

(4)  終戦後、本件道路が、陸軍省から文部省へ所管替えとなつたので、昭和三二年四月四日ごろ、東京学芸大学の職員が本件道路の隣接地の地主たる前記鈴木、岸野、桜井らに、予め書面で立会方を求めたのち、右陸軍省の境界石を取除いて、文部省の境界石を埋設したこと。

(5)  右埋設作業の際には、右地主らは結局一人も立会わなかつたけれども、右の文部省境界石は、旧境界石と同一の個所に埋設され、現在も別紙図面(二)の(A)(B)(C)、(D)(E)(F)の六点に現在し、別紙図面(一)の(ハ)(ニ)の各点は、いずれもこの(A)(B)の各点を結ぶ直線上に在ること。

(6)  陸軍は右(A)(B)(C)の線に接して、本件道路の内側に巾四〇糎深さ三〇糎位の側溝を素堀で作つたが、現在もその跡はわずかながら残存し、原告の主張する前記茶の木は、右側溝の道路から見て内側にあること。

がいずれも認められるので、前記の茶の木が、前記の個所に残存している一事をもつて、本件の境界線を原告主張のように定める根拠とするものは、その理由に乏しいものといわなければならない。(三)原告は本件土地を訴外鈴木将一から買受ける際に、その実測面積は合計一七九坪七九四として両者合意の上その範囲を確定したというが、原告が右契約において、売買の目的たる土地の範囲を右の坪数のものと合意した事実については何らの証拠もない。かえつて、右売買の際に、売主たる鈴木の委任をうけた佐伯喜作は、その目的たる土地の範囲を示すものとして別紙図面(一)の(ハ)(ニ)(ト)(チ)の各点にコンクリート造りの境界石を埋設した事実は、原告の自ら主張するところであるから、売買の実際の土地の範囲は右各点を結んだ直線で囲まれた部分と考えるのが当然であろう。

されば、本件土地と本件道路との境界を原告主張の(イ)(ロ)の線と定めるべき根拠は全くなく、以上認定の諸設の事情を総合すると、本件道路と本件土地との境界は前記(A)(B)の各点を結ぶ直線上にある、別紙図面(一)の(ハ)点と(ニ)点を結ぶ直線であると確定するのが相当である。

四、また以上の認定事実によれば、別紙図面(一)の(イ)(ロ)(ハ)(ニ)(ヘ)(イ)の各点を結ぶ直線で囲まれた土地部分は原告の所有に属せず、むしろ、被告所有の本件道路の一部であると認めるのが相当である。したがつて、原告の請求中、右土地部分の所有権の確認を求め、また、所有権に基いて、右地上のブロツク塀(被告がこの塀を設置していることは当事者間に争がない)の収去を求める部分は、いずれも失当として棄却を免れない。

原告は、右ブロツク塀の設置は、かりに被告の所有地内であるとしても、被告には何の利益ももたらさず、原告の通行の妨害のみを目的としたもので、土地所有権の濫用であるから、やはり収去すべきである旨主張するが、検証の結果によると、右ブロツク塀は、原告の本件土地から本件道路への出入を何ら妨げておらず高さも約一メートルであつて、原告所有のアパートに対し、採光上、通風上その他の見地からも、特段の障害を与えていないと認められるのみならず、その位置が右アパートに接着しているのは、むしろ原告が右建物を建築するについて前記境界線より法定の距離を存しなかつたためであるから、これをもつて権利乱用を言うのは当らないし、右ブロツク塀は被告において、被告所有地たる本件道路と本件土地との境界を明確にするため必要であることは云うまでもないから、被告が右ブロツク塀を設置することが被告の土地所有権の濫用である、とする原告の主張は全く理由がない。

五、つぎに、原告の本件道路に対する通行権の有無につき判断する。

(1)  まず、原告は、本件道路は、国の私道であるが、その中に、二本の公道を包含しており、二〇年以上も不特定多数の一般人の交通の用に供されてきたから、実質的には、道路法の適用を受ける道路と異らず、何人といえども公法上の通行権を有する旨主張する。

本件道路が、その中に、原告主張の二本の公道を包含していること、被告が二〇年来、付近の一般人の通行を黙認してきたことは、いずれも、当事者間に争いがないが、それだからといつて、本件道路内の公道以外の部分が、当然被告の私道たる性質を失うとはいえず、したがつて、一般人が、右部分につき、道路法の適用ある道路と全く同様ないみで、公法上の通行権を取得するいわれはない。

よつて、原告の右主張は採用できない。

(2)  原告は、さらに、本件道路につき民法第二一〇条による袋地通行権を有する旨主張し、本件土地が、現在、原告主張のとおりの袋地であることは、当事者間に争いがない。被告は、原告が、本件土地を取得するに至つた経緯を考慮すれば、原告は、民法第二一三条の趣旨により、右土地に南接する訴外鈴木の所有地のみを通行しうべく、本件道路を通行する権利を有しない旨主張する。

原告が、昭和三二年九月一一日、本件土地のうち、六七八番の二および同番の六の二筆を、昭和三七年九月二二日に同番の七の一筆を、いずれも所有者鈴木将一から買受けたこと、右買受け以前、右名土地は、現在の同人所有の同番の五の土地と一筆で、右もまた袋地ではあつたが、さらにその南側において、同人所有の六九五番の二、同番の三の各土地に順次接しており、同番の三が、公路たる都道八三号線に接続していたことは、当事者間に争いがない。しかしながら、民法第二一三条の規定は、その文理からも明らかなとおり土地の分割あるいは一部譲渡により、土地の所有者が、ことさらに袋地を生ぜしめた場合に関する規定であり、そうではなく、本来の袋地と、これに接続する袋地でない土地の二筆を所有する者が、たまたま右袋地の所有権を、第三者に譲渡した結果、事実上、右袋地から公路に至る通路が失われたような場合にまで、その趣旨を類推すべきではない。

かかる場合には、むしろ、右袋地の取得者のため、他の囲繞地の利用状況その他諸般の事情を勘案うえ、通行権者のため必要で、かつ、囲繞地のためもつとも損害の少い場所につき、民法第二一〇条、第二一一条による有償の通行権を認めるのが相当であり、本件は、まさに、かかる場合に該当すると解される。

そして、原告が本件土地を、その地上に所有するアパートの敷地として使用していることは当事者間に争いがなく、検証の結果によれば、本件道路は、現在、車道と人道の区分された巾員約二二メートルの道路として利用されており、その中央部分約一一メートル巾の車道はコンクリートで舗装された立派な道路であること、他方本件土地から、本件道路を通らずに、前記都道八三号線その他の公道へ達するには、現在宅地あるいは畑として利用されている他人所有の土地を、相当広範囲にわたつて通行することになることが認められるから、原告が本件道路を通行することが、原告のため必要で、かつ、囲繞地のため、もつとも損害の少いものと認められ、結局、原告は、右道路につき、民法第二一〇条による通行権を有すると解するのが相当である。

六、被告は、さらに、かりにそうであるとしても、原告は、本件道路の利用方法として、被告のため、もつとも損害の少い方法を選ぶ義務があるから、徒歩による通行は許されても、自動車によつて通行することまでは許されない旨主張する。しかしながら、証人桐谷信の証言によれば、原告の夫訴外久保三九郎は、都下南多摩郡に病院を経営しており、本件土地上のアパートは、右病院関係者多数の宿舎としても利用されていること、右宿舎と病院との運動用や夜間あるいは緊急の場合の連絡用として、自動車(マイクロバス)の使用が不可欠であることが認められ、他方、前記認定の本件道路の構造と証人森谷内明の証言とをあわせ考えると、原告が、本件道路を自動車で通行することにより、その騒音で学芸大学内の静穏が害されるとか、学内関係者の進行に特別困離を招来するなどのおそれはなく、その幣害は、徒歩による通行の場合と同様せいぜい、道路の両側の植込みの一部の生育を害する程度にすぎないと認められる。以上の事情を考慮すれば、結局、原告が、右道路を自動車で通行することは、通行権者のため必要で、囲繞地のためもつとも損害の少い方法の一つであるというべく、したがつて、原告の自動車による通行も許されなければならない。

七、ところで、被告が、原告主張のころ、原告主張のブロツク塀を構築し、さらにこれを増設して、原告所有のアパートに付属する車庫への自動車の出入を妨害しようとし、原告の仮処分にあつてこれを中止したことは当事者間に争いがなく、右事実によれば、被告が、将来ふたたびかかる挙に出るおそれは多分にあると認められる。したがつて、原告の請求中、被告に対し原告が、本件土地から本件道路に出入し、本件道路を原告が通行することを妨害することの禁止を求める部分は、理由がある。

八、以上の次第で、原告の本訴請求は、右認定の限度において理由があるからこれを認容し、その余を棄却すべく、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条第九二条本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 松永信和 園田治 木谷明)

物件目録一、二〈省略〉

別紙図面一、二、三〈省略〉

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